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September 08 響子さんと再会!響子さんと1年ぶりにお会いしました。
1回目は大阪で、2回目は横浜で、そして3回目の今回が中国の福州でです。
大阪と横浜はそれぞれが住んでいるところ。北京出身の彼女となぜ福州でというと、昨年横浜のご自宅を訪問した後で、娘さんとあの彼氏がめでたくご結婚されて、しかも福州に赴任したというのです。偶然、私の旅行と響子さんが娘を訪ねるタイミングが重なったのですが、それにしても互いに初めての地・福州でという縁に、とても不思議な気持ちです。 実は、中国で響子さんとお会いすると、日本でとまた違った表情が見られるかと楽しみにしていました。やっぱり。慣れた中国語で、レストランの服務員にあれやこれやと。服務員も思わず後ずさり。その様子に思わずおかしさがこみ上げてきました。日本ではそこまで言わないだろうということも中国では普通。レストランにとって、良い客である必要はないのです。いいものはいい、悪いものは悪いとはっきり言う。いやー、いい勉強になりました。
聞いてはいましたが、娘さんは臨月を迎えて、お腹もかなり大きくなっていました。「中国の病院で困ったことは?」と尋ねると、「プライバシーがないこと」。婦人科の医師の部屋に別の患者も入っているから、全部話が筒抜けだとか。順番が無いようなことにも腹が立つと。さもありなん。今回初めて聞きましたが、彼女は中学生の時に日本へ渡ったのだそうです。周囲の協力もあって、日本語にも日本の文化や社会にもすぐに馴染んだそうです。どこか月亮妈妈(理沙さん)の印象と重なるところがあります。日本と中国の両方の良さが備わった彼女。生まれてくる子供も楽しみですね。 (xiong2) September 06 初めてでない気がする。MSNで知り合って実際に会うことになったのはていいんさんが7人目です。3年近く前からMSNでチャットを始めて、かなり長い間多くの会話を
してきました。仕事の相談、日本語や日本人の習慣の質問、人生観、以前から一度会ってみたいと思っていました。 ホテルのロビーに彼女が現われると、お互いにすぐに分かりました。これまで3年近くMSNで会話してきたので、性格も雰囲気もまったく違和感がありませんでした。初めて知ったのは、お互いの声や話し方ぐらいでしょうか。
長い時間、話をしました。まるでMSNの会話の延長のような。もちろん、パソコンの画面で文字だけの会話というのではなくて、現にお互いがそこにいて、お互いの顔の表情やしぐさが生々しく分かるのが、これまでと全然違います。でも、彼女が確かにこの町で暮らし、両親と共に暮らす幸せな家庭があり、それなりに満足できる仕事に就き、休日の時間を友人たちと共に楽しみ、充実した生活を送っていることが確認できて、うれしいというかほっとしました。このように書くと、そんなの当たり前と思う人もいると思います。でも、私にとっては人の幸せを感じることこそが人生の楽しみなのです。親しい人、親しくなりたい人ほど、その人の幸せを感じたいと思うのです。
夕方、一旦別れた後で、夜になって再びホテルの私を彼女が訪ねてくれました。予想通り、今回の私の福州滞在ではもう会えないということでした。日系の企業に勤める彼女は、仕事で忙しい時期を迎えているようです。次はgongziやサンハオ先生とも会いたいと。再会を約して彼女と別れました。 (xiong2) August 06 交流の喜び。この夏の2回の中国行きでは、楽しみな出会いや交流がいくつもあります。
青島では、今週に入って2人の方とお会いすることが決まりました。一人目は、会ったこともお話したこともない方です。張先生の友人が青島出身の人で、その人のお母さんから預かってきてほしいものがあると。こういうお願いのしかたって、中国人らしいですよね。私たちは単純に観光だけを楽しむつもりもないので、こういう面白そうなことを断る理由はまったくありません。二人目は、去年gongziが青島の書店で知り合った韓国人に中国語を教えているfeifei小姐です。
彼女にメールを入れると、「ぜひ会いましょう!」と携帯の番号を教えてくれました。
福州では、何よりも地元で暮らすていいんさんに会うのがいちばんの楽しみですが、横浜在住の響子さんとも会うことになりました。彼女の娘さんが結婚して福州に住んでおり、ご出産も近いということで響子さんも現地へ向かうのだそうです。彼女と会うのは、大阪で1回、横浜のご自宅で1回、そして中国の福州で1回ということになるでしょうか…とても不思議な縁の方です。唯一気にかかるのが彼女の病状ですが、当のご本人は「意気揚々」いや「意気軒昂」。直接お顔を見て、励ましたいと思います。 (xiong2) ああ、君は遠くへ。「1時間前に到着しました。24時間ほとんど寝ていないので、疲れています」
于小姐からメールが来ました。彼女がいるのはロンドン。お父さんは最後まで反対してたんだろうな。これから彼女の留学生活が始まります。 (xiong2) July 01 転勤北京在住のheye小姐からメールが来ました。
「名古屋に転勤になりました。明日の飛行機で赴任します」
彼女と最後に会ったのは、去年の5月。数少ない北京の知り合いがその地を離れることになりました。
名古屋は確かに近いけど、北京の方が会いやすいんだよね…
そうそう、劉小妹がこの秋からheye小姐と同じ会社に就職します。離れた支社ですが、同僚ですね。
(xiong2) May 22 えっ?大連で会うことがかなわなかった于小姐から週明けにメールが届きました。
「今週会いませんか?」
メールにはさらに驚くべき内容が唐突に書かれていました。
「8月からイギリスへ行くビザが下りました。今の仕事を辞めて、来週大連へ帰ります」
えっ?
とにかく今日の夕方、短い時間を利用して京都へ会いに行ってきました。 イギリスへ行くことはビザの許可が下りてからお母さんに言ったとか。お父さんには反対されるだろうからまだ言っていないと。本当に困った人です。
でも、屈託がなく、愛すべき大切な友人です。 (xiong2) May 02 一期一会、私の表現とは...中国の友人との出会いは、その時々がまさに「一期一会」です。
日本に住んでいる友人であれ、中国に住んでいる友人であれ、
今この瞬間に共に時間を過ごしているということがほとんど奇跡だと
思うのです。
この「一期一会」という言葉は、安土桃山時代、千利休が
茶道の心得として説いたのが起こりだと言われています。
この人とは、もしかするともう2度と会うことができないかもしれない。
だから、この世限りのものと思って心を尽くして接しなさい、
というような意味だそうです。
日本人同士でさえ、そうなのです。
まして、日本人と中国人では互いの生活のフィールドが異なるわけ
ですから、よほどの強い意志がない限り会うこともかなわないのが普通です。
意志があったとしても、互いにそれぞれの時間、生活、人間関係があって、
難しいものです。
現にこれまで、毎週のように会っていた人が、ある日を境に会えなくなった
ということは1度や2度ではありません。それがあるだけに今会うことができる
友人たちとの時間がとても貴重に思えるのです。
実は久しぶりに于小姐と会おうと5月中旬に大連へ行く計画を進めていました。
彼女は現在日本の会社で勤務し、毎月日本と大連を往復する多忙な生活を
送っています。当初は都合がいいということだったのですが、急な仕事の事情で
ちょうどその期間に日本の支社に詰めなければならないということになったのです。
于小姐とは互いに意志があるのですが、なかなか会うことができません。
行くのをやめようかとも思ったのですが、去年大阪から吉林省へ戻った宇ちゃんが
ちょうど仕事の研修で大連に滞在中ということで、予定通り行くことを決めました。
会える時に会っておかないと、次に会いたい時には会えなくなるからです。
彼女には「別の人の代わりみたいで、ごめんね。気を悪くしないで」と打ち明けましたが、
それでも会えることを心から喜んでくれているようでした。
なんていい子でしょう。
山本兼一さんの小説「利休にたずねよ」を最近読みました。
前回の直木賞受賞作品です。
千利休がなぜ狭い茶室の空間に一つの宇宙を創造し、究極の美を生み出したのか。
権力者である豊臣秀吉に反抗し命を懸けてまで、自らの美のこだわりを守り抜いたのか。
秀吉の命で自決する瞬間から過去に遡り、彼と関わった多くの人のエピソードを交えて、
たどっていきます。
その原点は、若き日にありました。不遇な渡来人の娘との破滅的な恋が、晩年まで
彼の心の中で色鮮やかに息づき、人知れず大切にしていたというフィクションです。
読み終わって、彼の美への執着が、人との出会いへの執着でもあると強く感じました。
では、私が人へ抱く執着を、私は私らしくどのように表現すればいいのでしょうか。
まだ自分ではわかりません。生きていくかぎり、その修行が続いていくのでしょうか??
(xiong2) April 12 同窓会昨日は、大学の中国語会話クラブの同窓会でした。私が幹事でしたが、受付、写真やビデオの記録、進行の助言などxiong2の協力もあって無事盛況に終えることができました。
今回は、退職された2人の恩師、許老師と武吉老師、現役の老師3名も参加してくださいました。許老師は台湾で腕や手の骨折という大怪我を負いながらも手術を先に延ばして、この日のために参加してくれました。出産予定1週間前の大きなお腹を抱えて来てくれた人、遠くから泊りがけで来てくれた人・・・他にもこの日を心待ちにしてくれた多くの人が参加してくれました。みんなの気持ちを思うと、涙が出るくらい嬉しいです。
通信手段が発達する世の中だからこそ、直接会って交流を図るということの大切さを思うのです。人と人の関係は実際の距離ではなく、心の距離だと考えています。そして同窓会はその絆を確認するいい機会だと思っています。みんなの会いたい気持ちがある限り同窓会を続けていきたい、そう考えています。 (gongzi) March 29 お久しぶり、劉老師!きのう、およそ半年ぶりに劉老師とお会いしました。しかも2人だけで会うのはたぶん初めて。昼食をはさんで、互いの近況報告や旅行の予定の話などに盛り上がりました。
何よりも伝えたかったのは、彼女の上海のお母さんにお世話になっていることへのお礼。去年の年末は娘がいない母一人の家に私たちが押し掛けたものですから、その時の様子も伝えたい。そこで、完成したおととしの上海のDVDと昨年末のツアーのダイジェスト版をお渡ししました。どちらもお母さんが満載です。
ところで劉老師から提案がありました。
「冬のツアーは台湾にしない?」
ということで、GWの台北行きは下見ツアーとなりそう?です。 (xiong2) March 14 「中国」を通じて出会った人たち私たち夫婦がこのブログを開設してから、3年あまりになろうとしています。その間知り合った人たち、実際に会った人たちのことを振り返ると、このブログがとても実りのあるものだったと思うのです。
ブログのコメントなどがきっかけで実際にお会いしたのは、日本在住の日本人が2名、日本在住の中国人が3名、中国在住の中国人が2名です。どなたとの出会いも素晴らしく、貴重なものでした。私たちの中で大切な財産となっています。
それだけで、このブログを続けてきてよかったと思うのですが、最近は少し限界も感じています。これ以上の出会いはかなわないのではないかと。ブログのシステムが変わってから、以前よりも自由な往来が目立って少なくなりました。私たちは常に出会いを探す努力をしています。今年に入って、私が最も期待をもっているのが、先月から本格的に開始した中国語教室の新しい老師や同学(クラスメイト)です。わずかな時間ではありますが、授業の中の会話では相手がどんなことに興味を持ち、どんな仕事をしているのか、どう考えているのかを知るきっかけにもなります。日本人特有の相手に踏み込まない殻さえ破ることができれば、楽しい交わりもあると思うのです。
出会いの良さは決して数の多さではありません。周囲に影響されることなく長く続く関係がいちばんいいです。一緒に中国へ旅行に行ったり、我が家へ集まってもらえることが、ごく当たり前のように続いていますが、普通は難しいことです。一緒に中国へ旅行に行くことが10度以上に及ぶことなどあり得ません。私たちの関係は乗り合わせた長距離列車のようなものです。一緒にいた人でも途中で降りていくこともありますし、途中から乗ってくる人もいます。振り返ってみると、長く付き合っていくことがいかに難しいかがよくわかります。
ブログを通じて知り合った人の中にも、まだ実際にお会いすることが実現していない人もいます。一人ひとりを大切にして、そんな方々ともぜひ近いうちにお会いしたいものです。それから、会うべくしてまだ会っていない人たちとも、こちらから探すようにして会ってみたいと思います。
(xiong2)
March 11 春私にとっては1年で最も苦手な季節が春です。卒業、転勤、引っ越し、異動...
春は私にとって別れそのものです。これまでの人生の中で多くの別れも経験してきましたが、 いくつになっても心の中の欠如感、空虚な感じは薄まることがありません。
今年の春の最も悲しい別れはyaziさんだと思います。彼女と最初に会ったのはおととしの4月。東京から移ってきた慣れない大阪での生活を始めたころだったそうです。私はその年の春にもつらい別れがありましたが、yaziさんとの出会いはその心の空洞をずいぶん埋めてくれたものです。以来、彼女や彼女の素晴らしいご主人様と会った回数はそれほど多かったわけではありません。しかし、若いながらもしっかりと自分自身を保ち、ひたむきに生きる彼女を見てると、とても清々しく気持ちのいいものでした。その彼女がついこの前の上映会で、東京に戻ることになったと打ち明けたのです。上映会に来ていた皆さんは、みんな彼女のことが好きです。しばらく誰も言葉を発することができませんでした。いずれはこの日が来るとは思っていたのですが、こんなに早くなろうとは...
人の絆に距離は関係ないと思います。相手がどこにいても、その人を思い出すことはできますし、その人の幸せを願うことはできます。会いたい気持ちがあれば、会うことだってできます。今、私がyaziさんとの別れをさびしいと思うのは、距離が遠くなるからではなくて、得難い人と出会うことができたという奇縁を深く感じるからです。
彼女と出会うことになったきっかけは、このブログです。「ここにももう一人中国を愛し、尊敬する日本人がいると言うのをお知らせしたくて...」というのが彼女が最初にくださったコメントです。その最初のコメントから1カ月後にはもうお会いしていました。yaziさん、あなたがどれほど中国を愛し、尊敬しているかは深く理解しました。私はそのことを決して忘れません。 (xiong2) August 26 キュウリの水餃子昨晩、横浜の響子さんのご招待でお宅にお邪魔してきました。とても素敵なおもてなしを受けました。
お会いするのが2度目にしてお宅、それも遠く離れた地へお邪魔しに行くというのはとても感慨深いものです。
昔から知り合いだったかのような不思議な錯覚に陥ります。
お宅では響子さんのほか、美しい年頃の娘さん、娘さんの素敵な彼氏さんも出迎えてくださいました。
何というアットホームなお出迎えでしょうか!
皆さん見事な手つき
私も包むふりだけ
娘さんの包んだものは形も美しい
皮が緑っぽいのはすりおろしたキュウリをかけてるから!
到着してしばらくして、早速餃子を包むことになりました。
珍しくキュウリを細かく刻んで入れた具がとても夏らしいでしょう?
小麦粉の袋を一つ使い切り、さらに追加するほどの量。
その膨大な量の生地を響子さんが手際よくこねて、切って、丸めて、延ばして。
それを娘さんが母に負けずに手際よくきれいに包んでいきます。
私たち夫婦は撮影したり、時々不器用に包んでみたり、ほとんど役立たず。
素敵な彼氏さんも「初めて」だというのに、早くも皮を持ってくるくる回しながら、
綺麗に丸く延ばしています。料理の素質が抜群で、麻婆豆腐にも腕を振るわれていました。
響子さんの料理はどれも「地道」の北京家庭料理といった感じ。
きっと時間をかけて下ごしらえをしたんだろうなあ。
私たちの見えない部分での心遣いに感謝の気持ちでいっぱいです。
気が付けば5時間近くは滞在していたでしょうか。
時が過ぎるのも忘れるくらいに居心地のいい時間でした。
(xiong2) August 24 恩師と仲間に久しぶりの再会長らく会いたいと思いながらも、住む所が離れていて機会に恵まれなかった方たちとついに昨晩、東京で再会することができました。
お一方は千葉県在住、私たち夫婦が公私にわたってお世話になり、75歳を超えた今もなお中国語関係の執筆や日中関係のお仕事に携わっておられる武吉老師。もうお一方は静岡県在住、私たち「迷上了中国!」の仲間の一人でここ4年間ツアーからご無沙汰しているともぞう小姐です。
私の中ではまず武吉老師にお会いしたい、そして中国のことについてじっくりお話を聞きたいという思いが先にありました。その後、元大学教授と教え子という関係のともぞう小姐のことを思い出し、gongziから声をかけてもらうと、彼女もわざわざ静岡県から出てきてくれるということになって、このささやかな会となったのです。東京駅の雑踏の中で、変わらず元気な様子で二人が視界に入ってきた時に、抱きしめたいほどの衝動がこみ上げてきました。それほどにうれしい再会でした。
再会の楽しい時間もあっという間に過ぎ、お別れの時間になりました。駅の改札口で4人が互いに何度も何度も手を握り合いました。そして私たちと武吉老師が改札の中に入っていく姿に向かってともぞう小姐がいつまでもいつまでも手を振っていました。それは、4年前の上海で一足先に帰国する彼女が、見送りの脂肪肝先生に対して見えなくなるまで手を振っていた姿そのままでした。
さあ次は、お誘いを受けて響子さんのご自宅にお邪魔しに行きます。武吉老師とともぞう小姐が「温故」であれば、響子さんとは「知新」です。こちらもとても楽しみです。
(xiong2) July 28 友人たちと過ごす時間。7月も残すところあとわずか。8月はとても楽しみな1ヶ月となりそうです。
上映会や中国旅行、中国から帰って来た翌週には東京方面へ行く予定です。
そのいずれもで、おなじみの顔ぶれ、久しぶりに会う人、初めて会う人が満載となっています。
私たちの夏は、一口で言うと、友人を招いたり、会いに行ったり。
そのために自分たちが納得できるだけ、時間とお金、労力を存分に費やしたいのです。
それこそが、私が感じる幸せ、生きることの意味なのです。
8月は私の誕生月。不本意ながら、また一つ年を重ねていくことに。
体は見た目にも徐々に老けていきますが、気持ちは10代、20代の頃と変わっていないと思います。 単に気持ちが若いという意味だけではなく、その頃に感じていた漠然とした不安、孤独感のようなものが今もなお残っているということでしょうか。どこか情緒の不安定な自分。
人の存在を感じたい、その人の人生を知りたい、心の触れ合いを持ちたい
それは私が生きる故に欲する心の叫びと言えますが、裏返せば、
ぼくのことを忘れないで、ぼくのことを理解して、ぼくのことを構って
ということなのかもしれません。友人たちとの交流を通じて、自分という存在を確認しているのかもしれません。
(xiong2) July 09 確かに元気を拝領。響子さんは、思っていたよりもさらにずーっと素晴らしい方でした。
響子さんのブログはこちら↓
年頃の娘さんがいらっしゃることからも、世代的には私よりもかなり上になるはずです。しかも長年末期ガンの闘病生活をされているはずですが、外見からはそうした暗いかげがまったく見えませんでした。すらっと身長が高く、歩き方は力強く、顔には色艶があって若く美しく、むしろ一般的な女性よりも食欲は旺盛で、体の外からも中からも生きる力がみなぎっていました。
でもこの彼女の活発な生命力とつりあうかのように、体の中には確かにガン細胞が存在するのです。響子さんの話では、阪大病院での治療は抗ガン剤でガン細胞を死滅させるような治療ではなく、これ以上大きくさせないための投薬治療だということでした。つまり、良性の細胞も悪性の細胞も自分の体内で共存していくということです。今の治療法にしてから、すでに横浜と大阪を11回も往復しているということですが、週1度の大きな負担であるにもかかわらず、きわめて体調がいいとのことでした。とはいえ、調子がいいのは何も治療法の良し悪しだけではないはずです。生きたいという単純で切実な思い、家族の支え、身の回りのささやかなことへの感謝の気持ち。そんなことが内から自分を支えているのです。私は彼女と向き合ったわずかな時間にそれを強く感じました。
響子さんのご出身は中国ですが、彼女のお母さんは日本人だということでした。それが彼女と日本を結びつける縁だったのかもしれません。私と響子さんが今日大阪で会うまでに至ったのは、私が中国に関心を持ち、響子さんがそんな私に興味を持ったことがきっかけだったわけです。今日は待合せ場所に私が先に着き、少し遅れて彼女が来ましたが、迷うことなく私を探し当ててくれました。お互いに初めて会った気がしませんでした。出会いはたぶんに偶然の要素もあるかもしれません。でも本当に会うからには、当人の意思がなければ実現に至らないのだと思います。今日短くても、同じ時間を共有できたことに無上の幸せを感じた次第です。
響子さん、あなたから確かに元気を受け取りました。いい一日でした。
(xiong2) July 08 元気をもらいに。実は明日、平日にもかかわらず職場にお休みをいただきまして、ある方とお会いする約束をしています。響子さんです。
北京のご出身で、今は横浜にお住まいです。今年2月に私たちが横浜へ行ったおりにもお会いする話が少し進んでいたのですが、彼女の体調を思って断念したことがありました。長年、ガンの闘病生活を送られているのです。さまざまな治療法を実践し、辛く苦しい生活というのではなく、この上なく前向きに日々をお暮らしになっていることが彼女のブログから伝わってまいります。最近は飛行機に乗って定期的に阪大病院へ通って新しい治療を受けられているということで、お会いする機会を探していたところ、思いがけず近い日にその機会が巡ってきたのです。
私としては、響子さんからたくさんの元気がもらえたらと願っています。(幾分太っているとはいえ)健康的な私が闘病の彼女から元気をもらうというのは、一見真逆のようにも思えますが、そうではありません。困難を自覚したからこそ、必死に生きようとする人間としての尊い意志が生まれるのだと思うのです。平々凡々と日々を送っている私にそのような意志があるようには残念ながら思えません。
ブログを通じて知り合い、実際に会うことになるのは、お茶の町・杭州でこだわりの珈琲を出す喫茶店のマスター・乌咖啡さん、子育てしながら大学に通う上海出身の理沙さん、中国出身のご主人様と仲睦まじく暮らすyaziさん、香港が心の故郷というしずくさんについで、響子さんが5人目となります。これまでのどの方とも素晴らしい貴重な出会いの連続でした。きっと、今回も素敵な出会いになること間違いないと思います。
(xiong2) July 01 于小姐、再び日本へ。于小姐は私が最も信頼する中国の友人の一人です。この人がいるからこそ、中国がいっそう好きになれるとまで思える
そんな人です。
年老いていく両親、自分自身の今後の生活。さまざまなことに不安を抱え、思い悩んでいた彼女は6年間暮らしていた
日本を後にして、去年の1月に生まれ故郷の大連へ帰りました。その時は彼女を空港まで送りながら、会えなくなること
はないにせよほとんど会えなくなると寂しい思いになったものでした。それがまさか、わずか1年余りにしてこのような事態に
なるなんて...
彼女は大連へ帰った後、日系の企業に勤め、家族や親戚、古くからの友人たちに囲まれて日々の生活を送っていました。
ところが今年になって日本人と同じ待遇で働かないかと提案され、おとといついに京都のマンションに入居したのです。
今後は、半月から1ヶ月おきに行き来する生活が続くそうです。誰がこんな状況をあの時予想できたでしょうか??
彼女が会社で高く評価されているということは、中国人の新人社員を教育したり、サポートする担当ということからも
わかります。日本人と中国人の間を取り持つ重要な部分を担っているということです。彼女の日中双方での長い生活歴
だけではなく、人間性、信頼感をこの日本人経営者はよく見て評価してくれていると思います。
彼女は入居した家に落ち着く間もなく、今日大連へと帰って行きました。お母さんのおいしい料理を食べ、友だちと
思いっきり遊んで、また充実して帰ってきてくれるものと信じています。陰ながら彼女に対して、加油!
(xiong2) April 07 お花見今日の雨で桜の花がかなり散ってしまいました。そういう意味で、昨日の日曜日は最後の花見ごろでした。天気がよく、気温もほどほど。桜の花を眺めながらの団らんはとても素晴らしいものでした。
まだまだ座れます。 日本酒は飲んだことあるかい?
中国から来ている留学生のうちで、滞在期間の関係で1度しか桜の季節を味わえない人たちを花見に連れて行きたい...そう思ったのは2月でした。本当は来週末を予定していたのですが、思いがけず今年の桜は開花が早いようで、慌てて何人かに声をかけたところ、孫小妹が行けるということでご招待したのでした。私の実家近くに地元の人が知る桜の名所があり、そこに行こうと思い立ちました。そのことを実家の母に話したところ、なぜだか母の方が乗り気になって、裏山のタケノコで炊き込みご飯を作るだの、豚汁を作るだの、果てにはバーベキューをするという話になって、いつの間にか私の実家の家族総出で孫小妹をもてなすことになったのです。私は学生時代、韓国や中国の留学生の友人たちを毎週のように実家に招いていました。彼らはみな母が作った料理が楽しみで、私の父母のことを日本のお父さん、お母さんって呼んでましたっけ。もう15年は前になる古い記憶を思い出しました。
桜はちょうど満開 地元農家の農産品店でおいしい焼き芋
孫小妹は桜や田舎の景色、春の済んだ空気、田舎の人の人情などさまざまなものに感心した様子。いい~休日になりました。
(xiong2) March 30 東華菜館京都市内の桜もすでに5分咲きぐらいになっているのではないでしょうか。
鴨川に沿って植わる枝垂桜は日が沈んだ後もなおいっそう存在感を増しているかのようでした。
私と于小姐が待ち合わせたのは四条烏丸の大丸。週末の夜は特に込んでいて、電車を乗り継ぎ、タクシーやバスに乗って、大阪から京都まで多くの時間を費やしました。どうにか待ち合わせの時間より5分遅れで到着すると、そっと彼女が近づいてきました。少し疲れているような。彼女の日本滞在もあとわずか。火曜日には大連へ帰ります。2人で四条大通を歩いていると、于小姐に声をかける男性が。彼女が大連から連れてきた研修の若い男性社員の2人でした。彼らは于小姐が大連に戻った後も日本国内の別の支社に分かれて研修を続けるのだとか。ともかくも彼女の役割はこれでほぼ終わりということのようです。
私は彼女が日本食を食べ飽きているだろうと思い、中華料理の店を予約していました。京都の中では最も老舗の部類に入る「東華菜館」です。鴨川のほとり、四条大橋のたもとにある山東料理(北京料理)の店です。ビルに入ると、日本で最も古いといわれる83年前のエレベーターが今も現役で動いています。おじさんが慣れた調子で私たちをエレベーターの中にいざない、手動で扉を閉めてゆっくりと4階まで上がっていきます。これには于小姐も大喜び。4階に着くと服務員が窓際の席に案内してくれました。ライトアップされた南座や東山の寺院などが見えます。料理は私が好きな北京の定番の冷菜「醤牛肉」やアワビのスープ、鳥の唐揚げを辛い味付けで炒りつけたものなどもおいしかったです。残ったおかずはお願いするとちゃんと包んでくれました。う~ん、なかなか。
一通りの会話が終わって、わずかな再会の時間も終わりが近づいてきました。次に彼女と会えるのは数年後になるかもしれません。彼女は私にとって中国人の良心ともいうべき人。「連絡を欠かさないから。私にもたくさんメールをくださいね」。彼女はそう言うと何度も振り返りながら去っていきました。
(xiong2) March 16 突然の再会。「夜空の丸い月を見たら、私のことを思い出して!」
そう言い残して、去年故郷の大連へ帰って行った于小姐。それからもしばしばメールのやり取りをしたり大連で再会したりと、途絶えることなく縁が続いています。ここ1カ月ほど互いに忙しくて音信が中断していたのですが、「今、出張で京都に来ています。会いましょう!」と突然彼女から連絡してきて、昨日の晩慌しく会うことになりました。あまりに突然のことに驚いていると、彼女は「びっくりさせたかったのよ!」。
彼女の仕事は、ある日系企業の人事関係。今回は新採用の優秀な情報技術者の卵2人が研修で京都の支社に来るのに同行して来たのだとか。
「お母さんは元気?」
「元気すぎて困るくらい。妹さんは元気?」
「先週久しぶりに会ったけど、元気だったよ」
メールでは互いにいろいろ近況の報告を交わしているのですが、いざ会ってみると何を話したらいいのか。家族のこと、仕事のこと、生活のこと、健康のこと、ささやかな夢、将来の不安、彼女は私にいろんなことを話してくれました。私はあることを思い出して、彼女に尋ねてみたくなりました。
「あなたはぼくに日本語で話す時と中国語で話す時とで人格が違うことってある?」
「意識したことなかったけど。どうかしら」
「日本語は遠まわしな表現が多いし、中国語は直接的な表現が多いじゃない。ある中国の友人が、言語を習うとその国の人の性格に似てくるって。じゃあ、本当のその人の人柄って、何を信じたらいいのか途方に暮れてしまう...」
「そうね。私は一から正式に日本語を勉強してきたわけじゃないからちょっと違うけど、無意識に相手の立場を考えて話をしているかもしれない」
彼女の自分評は“わがままでお馬鹿さん”。でも彼女のことを決してそのようには思えなくて、もしかしたらと思って聞いてみたのですが、彼女は等身大のありのままで私に対してくれているようでした。私のことをとても信頼してくれているし、私も彼女のことを人間としてとても信頼しています。
彼女の滞在は4月1日までの予定。私が上海から帰って来た後、互いに都合がつけばもう一度会いたいねと言って別れました。そうでなければ、また次いつ会えるか分からないのです。
(xiong2) |
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