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    November 28

    台北に舞う雪

    原題は《台北雪》。日本では来年1月公開の映画です。
     
    映画の舞台は、台北近郊の小さな町《菁桐》。大陸出身の若い女性がこの町にたどり着き、孤独さを癒されていくという純愛の物語です。
    監督は、霍建起。人間の心の機微と美しい景色が重なった映像を創ると右に出る人がいない映画監督です。
     
    ↓過去にもブログで触れたことがあります。
    「暖」2006.6.18
     
    実はこの《菁桐》という町、次の台湾旅行で行ってみたいと思っていたところでした。そこにこの映画の情報と出合い、とてもうれしくなりました。平渓線というローカル線の終点駅がある町です。駅舎は日本統治時代に建てられた木造のもの。古き良き台湾の風景を楽しむことができると期待しています。
     
    ↓(参考)台北ナビ
     
    実は、同じく日本で来年1月に公開される台湾映画《海角七号》も、日本統治時代と現代をつなぐストーリーです。奄美大島出身のシンガーソングライター中孝介が出演したことも話題になりました。こちらの舞台となった台湾最南端の町《恒春》には、年末に台湾へご一緒する小游周小姐が訪れる予定になっています。期せずして、同時期に公開される映画の舞台に私と彼女たちがそれぞれ訪れるということになりました。旅の楽しみがまた一つ増えました。
    (xiong2)
    November 25

    メインパソコン復帰。

    先週私のメインパソコンが修理から戻って来ました。ただ、結局肝心のデータは助からず、新品出荷時状態で帰って来ました。

     

    あ~、愛しのデータよ!!

     

    写真やビデオのデータが少なからず還らなくなってしまいました。手元に残るのは、BDやDVDのディスクに記録して難を逃れたものと、gongziや他の人に渡っていた一部のデータ。

     

    来週日曜日の今年最後の上映会に合わせて編集を進めていた昨年冬の上海ツアーのビデオデータも壊滅しました。パソコンが戻ってきてからすぐさま、気を取り直して再度作業を進めています。完全に元の状態に戻すことはできませんが、あるシーンで使用した音楽はすでに印象が固まってしまって、他の音楽を使うことはできません。

     

    作業は驚異的なスピードで進み、すでに元の作業時点を過ぎて、先へと進んでいます。我が家へお越しになる皆さん。どうぞお楽しみに!

     (xiong2)

    November 18

    新たな店、発見!

    「通勤の途中に気になる店がある」xiong2が話していた店に、ひとりで行って来ました。
     
    教えられた場所に行ってみると、xiong2が気になると言った意味がすぐに理解できました。現場は何の変哲もないバス通り。周囲の特段個性のない町並みの中で、その店だけがどこか違和感を感じます。「中国料理・哈尔滨という店の看板は中国でよく見かける、写真のような背景から文字が浮かび上がったようなデザインのものです。
     
    店の中へ進むと、一瞬で中国へ来たかと思うくらい雰囲気や匂いまで中国そのもの。店員さんは中国人で、会話も全て中国語。日本語しか話せないお客が来たらどうするのだろう。いや、日本人はこんな店に入りにくいか・・・
     
    実はこの時、守口にあるお気に入りの中国茶館「美香茶館」でランチとお茶をいただいたばかりでお腹もすいておらず、ここでは羊肉串を2本ほど食べて帰るつもりでした。
     
    ところが
    「2本じゃね・・・。10本ぐらいいっぺんに焼かないとおいしくないよ」
     
    商売魂も中国らしい。
     
    「残ったら持ち帰りしてもいいですか」「いいですよ」と言われたため、結局羊肉串5本と東北料理の代表的な地三鮮を注文したのでした。鉄製の串に刺した羊肉はやや小ぶり。でも味は中国で食べた羊肉串そのもので満足しました。地三鮮もおいしかったのですが、いかんせん、お腹がいっぱいになり半分食べたところでお持ち帰りしました。
     
    「本場のもの」を追求してみても、日本で営業する以上は味なりサービスなり内装なり、どこか日本人の好みに合わせるところがあるものです。ところがこの店はどこを取っても「中国の店」なのです。私はそれが逆に嬉しいのですが、日本人に合わせない以上はすぐに経営が行き詰ってしまうのではと心配しています。現にこの日も客は私一人。近々、xiong2を連れて再度訪れたいと思っています。今度は羊肉串10本以上注文しようっと!羊肉串がお好きな方、中国の雰囲気を味わいたい方はぜひお勧めします。
     
    京阪大和田駅から徒歩2分程度。
    中国料理「ハルピン」
    (gongzi)
    November 16

    台湾料理店

    yaziさん、心配をお掛けしましてすみませんでしたね。しばらくは何も書く気が起こりませんでした。今は気持ちもかなり回復しました。旅行時に使用している小さめのノートパソコンでこの記事を書いています。
     
    ようやく先々週の食事会について書きます。サンハオ先生の幹事で楽しい食事会を開くことができました。お店は心斎橋近くの台湾料理「宝島」。実は以前、中国とは関係ない別の友人たちと行ったことがあったのですが、ほとんど忘れていました。店長は台湾出身の女性。お店の雰囲気も料理もなかなか本格的でした。
     
    最も楽しみにしていたのが、毎日数に限りがある「しじみの醤油漬け」。台湾ではお酒のあてによく見かけるものですが、にんにくがとても刺激的で、ビールにぴったり。イカ団子の揚げ物や魚のすり身団子入りのスープも台湾らしいものでした。今回のメンバーは13名。食事会でこんなにも集まったことはなかったかと思います。その全員が巨大な丸テーブルを囲んで、素敵な食事会になりました。それにしても皆さん、よくお召し上がりになること...
     

     
    久しぶりのメンバーはさかさん。まだお子さんが小さく、出産後に外食に出たのはこれが初めてだとか。お店近くのご主人様の会社で赤ちゃんと自動車をご主人様にお任せし、自由と美食を満喫した様子でした。一方初めて参加したのは3名。こちらも今後、おつき合いが末長く続くといいですね。
    (xiong2)
    November 11

    ついに修理へ。

    ハードディスクが認識できなくなったパソコンは結局メーカーへ修理に出すことになりました。
     
    サービスセンターの指示に従ってパソコンを診断したところやはり認識されないようで、修理に出せばハードディスクを交換することになると言われました。「迷上了中国!」に関連する写真やビデオデータ、資料はそのほとんどを諦めなければならないことになりました。
     
    厳しい現実にショックからしばらく立ち直ることができませんでした。
     
    昨年夏のツアーまでのビデオデータはそれぞれ保存用のDVDに記録しているのですが、最近編集したものはその編集データとともに消失してしまうことになります。ちょうど今月末の上映会に向けて、昨年末の上海ツアーのビデオ編集が順調に進んでいたので、完全に振り出しへと戻ってしまいました。上映会まで残された時間も少ないのに...
     
    今せめて失われた時間を少しでも取り戻せるように、ビデオテープからの動画データの取り込みを私の旅行用のパソコンでじわりじわりと進めていっています。とにかくハードディスクの交換が早く終わって、一刻も早くパソコンが手元に戻ってきて欲しいと思います。
    (xiong2)
    November 02

    ハードディスクが起動せず

    私が自宅で使用しているPCの中にあるふたつのハードディスクのうちの一つが作動しなくなりました。いつも存在していたはずのDドライブが無くなっているのに、唖然。その中に入っていた編集ビデオのデータも写真も動画も全くアクセスできない状態です。
     
    上映会は今月末。昨年末の上海ツアーを調子よく編集していたのに…すべてが無に帰してしまいました。
    かなり途中まで進んでいたのに…幸い編集前の元のビデオデータはあるのですが、これを読み込んで一から編集するとなると気が遠くなりそうです。
     
    あ~、どうしよう…号泣
     
     (xiong2)
    October 25

    悲情城市

    台湾旅行の予習として、侯孝賢監督の映画「悲情城市」を見ました。1989年のヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した20年も前の台湾映画です。
     
    台湾北部の基隆、九份、金瓜石が主な映画の舞台です。日本の支配を脱し、国民党の支配が強まっていく1945年以降の混沌とした数年間を描いています。以前から台湾に住んでいた本省人と大陸から新たに移ってきた外省人の激しい対立と権力闘争の中で、多くの人が亡くなりました。高齢の台湾人が持つ心の傷、暗黒の時代がそこにありました。
     
    何よりも驚いたのは、映画の中で表現されていた深く浸透した日本文化です。畳の部屋であぐらをかいたり、正座して座る台湾人、一家の夕食で家長が飲む一升瓶の日本酒、台湾語や北京語に入り混じる日本語の言葉。この違和感は何だろう。それは紛れもなく、日本が台湾を統治していた証であり、好むか好まないかに限らず、日本の影響下で彼らが暮らしていたという事実なのだと思います。台湾語、北京語、上海語、広東語、日本語…映画の中で多くの言葉が乱れ飛ぶさまは、まさに時代の混沌さそのものだと思いました。
     
    できれば、大陸出身の友人たちと一緒にこの映画を見てみて、感想を言い合ってみたいと思います。
     (xiong2)
    October 18

    第15回ツアー

    年末の第15回迷上了中国!ツアーの行き先は、初の台湾です。

     

    参加メンバーは今のところ6名。中国人メンバーも初めて参加します。そういう意味では、また新しい旅行の展開があると思います。とても楽しみです。

     
     

    街角でおいしいものにも出合えるかな~

     

    明日、航空チケットを手配します。ホテルはすでに楽天トラベルのウェブから予約を入れました。これから、台湾のどこを観光するか、何を食べるか、などなど参加する皆さんと徐々に詰めていきたいと思います。

     (xiong2)

    October 14

    建国60周年に思う。

    101日、中国各地でこの記念日を祝う盛大な式典が行われました。日本で報道されたのは、北京の長安街で挙行されたパレードの中の、軍事パレードの部分だけでした。これが今の日本の中国に対する関心部分ということになるでしょうか。相変わらず偏った報道ですね。

     

    ただ一方で、こんな感想も持ちました。

     

    「中国人は国家に対して何の疑念も持たず、純粋に信頼しているんだな」

     

    中国に住んでいる人たちもその渦中に身を置いていますし、日本や海外に住んでいる中国人たちもただ純粋にこの慶事を心から祝い、先進的な装備の軍隊に祖国の発展を見、心から感動を覚えているのです。

     

    私にも愛国心はあります。自分の故郷の景色、家族や隣人、慣れ親しんだ言葉や文化、そうしたものに愛着を覚えますし、大切にしたいという思いがあります。国旗や国歌にも異論はありますが、人並みの敬意を払っています。ただ、日本の国家や政府、政治団体や特定の政治家に対して、過度の信頼や精神的な依存をするのは危険だという思いがどこかにあります。確かに国家は私たちの暮らしを有形無形に守ってくれる存在ではありますが、同時にその強大な権力の発動によって、国民一人一人の生存権が踏みにじられた歴史的な事実も一方であるのです。最近の政権交代で、民主党や鳩山総理に「私たちの生活のために頑張ってほしい」という期待はあっても、氏や党に信じてついていくということはあり得ないわけです。

     

    中国にも同じことが言えるでしょう。国家のためという大義のもとに個人の権利が侵されることがないか、政治闘争の末に一般市民が犠牲になることがないのか。人間が過ちを犯すこともあるように、国家が誤った方向に向かうことがないのか。歴史を振り返れば、どの国にも起こりうることは明白でしょう。中国人民の盲目的な愛国心は教育の賜物なのでしょうか、でもその純粋さにどこか危うさを感じずにはいられないのです。

     (xiong2)

    September 30

    レッスン再開

    およそ2カ月ぶりの再開です。夏の旅行や仕事環境の変化などで長く中断していましたが、昨晩から中国語教室に再び通い始めました。

     

    何よりも孫小姐3人の同学たちと会うことが楽しみでした。孫小姐も上海に帰って、私と同じ期間休んでいたので、5人が勢ぞろいするのは本当に久しぶりだったのです。

     

    みんなそれぞれに中国の各地へ旅行したらしく、テーブルの上には各地のおみやげが並んで、とても賑やかになりました。中でもユニークなのは、G先生。天津名物の麻花をいただきました。建国60周年を記念する日中合同の演奏会に行ってきたのだとか。趣味で二胡や大阮といった中国楽器を演奏するという話は聞いていましたが、そんな大がかりなこととは。演奏会のパンフレットを拝見すると、会場、主催団体、後援団体もとても立派なものばかりでした。

     

    レッスンで使用する課本が北京語言大学の「漢語口語速成提高篇」へと新しくなり、私にとって新しい課本の初めてのレッスンになるはずでしたが、この日は久しぶりの再会に誰もが興奮して、結局課本を使うことはありませんでした。G先生が上海新天地で見つけたという課本対応のCDを私に貸してくれました。これを活用して、来週から本格的に頑張るぞ~

     (xiong2)

    September 28

    幸せな一日~相見恨晩

    今日、今年3回目の上映会でした。

     

     

    今回はビデオの編集とDVDへの焼き付けが早く終わり、料理の準備も順調。いつもよりかなり余裕がありました。そして、いろんな方のいろんなものがさりげなく私たちを支えてくれているようでした。于小姐からいただいた中国茶器の道具yaziさんからいただいたサラダ油などの調味料のセット、青島でfeifei小姐からいただいた実家で作った無農薬の崂山绿茶の茶葉、まるで彼女たちと一緒に上映会を楽しんでいるかのような思いでした。

     

     

    中でも大きな存在感で楽しませていただいたのが、サンハオ先生が青島から持って帰ってきた5リットルの巨大なビール樽でした。彼はいつも自宅から自転車に乗ってくるのですが、樽に濡れたタオルや氷、新聞紙(しかも念を入れて中国の)を厳重に巻きつけて、自転車のかごに載せながら、延々1時間近くかけて樽を揺らさないように持ってきたのです。その樽の大きさに思わずみんなで歓声をあげたのですが、どうコップに注いでいけばいいのかよくわかりません。恐る恐るキャップをひねりながら、ビールがちょろちょろと出てきた時には拍手が起こったほどでした。飲んでみると、やはり普通に日本に輸入した青島ビールよりも新鮮でおいしい感じがしました。ん~、重たいのに青島から持って帰ってきた甲斐がありましたね。
     
     
     
    今回初めて参加したのは、謝小姐です。とても稀な出会いです。張先生から「青島で会ってほしい人がいる」と頼まれたのが、彼女のお母さんでした。結局私たちは彼女本人に会う前に、お母さんやおばさんに会い、とても心温まるおもてなしを受けたのでした。こんなことは初めてで、その中国人らしいつきあい方がうれしくもあり、とても不思議な感覚でもありました。

     

    結局、青島から戻ってきて、1か月余りでようやく会うことが実現したのです。期待を裏切らない素敵なお嬢さんでした。彼女のおばさんが繰り返し、とてもよくできた子だと言ってたのがよくわかります。6年も前から日本で暮らしてきたと。1か月と言わず、何年も出会うのが遅かったかもしれません。

     

     

    とにかくも、いつもどおり多くの友人たちとともに楽しい時間を過ごすことができて、とても幸せな一日でした。

     (xiong2)

    September 25

    昨年夏のツアー編集終わる。

    日曜日、今年3回目の上映会です。

    今回の上映ビデオのメインは昨年夏の第12回ツアー。西安から敦煌と初の西域に足を踏み入れたツアーでした。それが1年の歳月を経て、ようやく完成に至りました。
     
     
     
     
      
     
     
     
     
    息をつく暇なく、昨年末のツアーに取りかからねば。ビデオの編集が旅行のペースに追いつかない今日この頃…
    (xiong2)
    September 20

    手作り辣油

    今、これにハマっています。

     

    作り方は簡単です。サラダ油をフライパンで熱します。あまり温度が高いと、唐辛子が焦げてしまって、苦味が出てしまいますので、温度は低めです。火を止めてから、粉末状の唐辛子を入れ、しばらく油と馴染ませるためにそのままにしておきます。最後に灰汁(あく)取り用のお玉などで唐辛子を漉しながら、赤く染まった油を器に入れます。これで完成です。

     

     

    私の場合は、昨年夏に西安の回族風情街で大量に購入した辣椒面(粉状の唐辛子)を使用しています。どこか香ばしさがあるんですよ。

     

    この自家製ラー油で作った麻婆豆腐、酸辣湯は風味が増して、とてもおいしいです。必要な時に必要な分だけを作ればいいですし、使い残しても冷蔵庫に入れていると腐ることはありません。皆さまにもお勧めです。来週の上映会でこれを使った料理を皆さんに召し上がっていただくつもりです。

    (xiong2)

    September 13

    母と北京へ

    母と北京へ行ってきました。母にとっては初の海外。91日からわずか3日間でしたが、中身の濃いものになり親子共々大満足でした。

     
    1日目は天安門広場から紫禁城へ行ったあと、新しく整備された前門の大柵欄でお茶葉と母の希望だった三国志グッズを買いました。夕食は北京ダック。その後足裏マッサージへ行きました。
     
    2日目。万里の長城(八達嶺)へ行ったあと、昼食は宮廷料理の店へ。北海公園の散策、後海の胡同めぐり、動物園でパンダや金猴を見たあと、景山公園の万春亭にのぼり北京の広さに浸りました。夕食はイスラム料理。続いて京劇鑑賞。その後2度目の足裏マッサージへ。

     

     
    3日目の朝、ホテルの朝食会場で太極拳を間近で見ることができました。ここまで不思議なくらい順調で、当初連れて行こうと思っていた所は全て行き尽くしました。最後に、お土産を買うのも兼ねて日系のスーパーマーケットへ。母はスーパーで働いており、興味があると思ったからです。
     
    「お米10キロ50元だって。それっていくら?」
    「中国のスーパーではレジ袋は全て有料なんだね」
    「お惣菜売場は、日本と売ってるものが全然違うね」
     
    などと目を輝かせて見ていました。帰国してからも、同僚たちに「北京のスーパーへ『偵察』に行ってきたよ。あそこはね・・・」などと話し、ここでのことは大いに土産話になったそうです。
     

     

    母は旅行中不安を全く感じなかったとのこと。元気でいるうちに、またいろいろなところに連れて行きたい。そういう思いが強くなりました。
    (gongzi)
    September 09

    刺桐

    刺桐(ザイトン)とは福建省泉州市の旧称です。中世には海のシルクロードの東洋の起点として、またインドやアラブ、西洋とを結ぶ東洋最大の貿易港として繁栄しました。
     
    福州からは南へおよそ200km。高速バスに乗って、日帰りで観光に行ってきました。
     
    福建省は複雑な海岸地形と山がちな地形が特徴です。海の交通は古くから発達していましたが、陸上交通、中でも鉄道については、福州、泉州、厦門(アモイ)などの主要都市間を最短で結ぶルートがこれまで無く、乗り継いで行けば丸一日以上を費やすというありさまでした。その分、整備された高速道路を利用したバスに乗るのが便利ですが、近々新幹線専用線が開通し、より時間短縮になるとのことです。
     
    前置きが長くなりましたが、この泉州の印象は福州とはまったく異なるものでした。わずか200kmを隔てただけで、この違いです。強い日差し、赤い屋根や壁、華南地方特有の2階部分が通りに突き出した建物。かつての繁栄の名残りもあります。創建からちょうど千年になるイスラム教寺院「清浄寺」、航海の無事を祈った「天后宮」。無料で見学できる「海外交通史博物館」には、海底から引き上げられて復元された船やさまざまな時代の船の模型、鄭和の大航海やかつての刺桐の反映ぶりなど興味深い数々のテーマが展示されています。
     
    赤い壁、赤い屋根
     
    どこか懐かしい雰囲気が漂う町並み
     
    イスラム寺院の裏門。周囲の景色と調和しています
     
    石碑はすべてイスラム文字
     
    イスラム寺院の内庭。かつてはここで礼拝していました
     
    開元寺の赤い屋根
     
    海の歴史にあいまって、この地から海外へ活路を見出した人々もいました。世界各地の華僑の人たちです。この町には、大学や公共施設など、
    華僑の援助が至るところに存在しています。同じような例は、広東省の江門を訪れたときにも見かけました。華僑の人たちの団結心、故郷を思う強い気持ちに敬意を表します。
    (xiong2)
    September 08

    林則徐

    福州の郷土の英雄です。彼の名前は広場や道の名前に冠せられ、この町の人の誇りになっていることがよく分かります。
     
    陳瞬臣の「阿片戦争」を読んだことがあります。主人公がこの林則徐です。清の道光帝から欽差大臣(特命大臣)に任命され、広東省でアヘンを
    取り締まったのが彼です。
     
    市内にある「林則徐紀念館」へ行ってきました。美しい庭園を備えた邸宅といった感じです。外の喧騒が嘘のように静まった空間では、鳥のさえずりや風の音までが聞こえます。
     
     
     
    展示の内容はとても興味深いものでした。わかったことは、彼が優れた行政官だったことです。専ら地方への赴任を繰り返し、行った先々で多くの業績を作っています。アヘン戦争の勃発後は一時期新疆に左遷された時期もありましたが、そこでも庶民の暮らしに直結した業績が多数遺されていました。また彼の姿勢は常に清廉潔白で、西洋列強の情報を入手し、把握していたこともわかりました。後の近代海軍の創設の基礎となったとも言われています。
     

    彼の歩みをこうして概観すると、アヘン戦争でいきなり歴史の表舞台に立ったのではなく、アヘン戦争のあの場面は彼の長いキャリアの中の一つに過ぎなかったのだと気付かされます。
     
    優れた為政者を祭る例としては、成都の諸葛亮(三国時代)、合肥の包拯(北宋)が記憶にありますが、それほど中国の長い歴史の中でも極めて少ないということです。少ないからこそ、彼らの業績がいっそう際立つのです。しかし、それを否定的にとらえるのではなく、現実の人間社会の中で稀に成し得た彼らはやはりたたえられるべきだと考えるのです。
    (xiong2)             
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

    響子さんと再会!

    響子さんと1年ぶりにお会いしました。
     
    1回目は大阪で、2回目は横浜で、そして3回目の今回が中国の福州でです。

    大阪と横浜はそれぞれが住んでいるところ。北京出身の彼女となぜ福州でというと、昨年横浜のご自宅を訪問した後で、娘さんとあの彼氏がめでたくご結婚されて、しかも福州に赴任したというのです。偶然、私の旅行と響子さんが娘を訪ねるタイミングが重なったのですが、それにしても互いに初めての地・福州でという縁に、とても不思議な気持ちです。
     
    実は、中国で響子さんとお会いすると、日本でとまた違った表情が見られるかと楽しみにしていました。やっぱり。慣れた中国語で、レストランの服務員にあれやこれやと。服務員も思わず後ずさり。その様子に思わずおかしさがこみ上げてきました。日本ではそこまで言わないだろうということも中国では普通。レストランにとって、良い客である必要はないのです。いいものはいい、悪いものは悪いとはっきり言う。いやー、いい勉強になりました。
     
    聞いてはいましたが、娘さんは臨月を迎えて、お腹もかなり大きくなっていました。「中国の病院で困ったことは?」と尋ねると、「プライバシーがないこと」。婦人科の医師の部屋に別の患者も入っているから、全部話が筒抜けだとか。順番が無いようなことにも腹が立つと。さもありなん。今回初めて聞きましたが、彼女は中学生の時に日本へ渡ったのだそうです。周囲の協力もあって、日本語にも日本の文化や社会にもすぐに馴染んだそうです。どこか月亮妈妈(理沙さん)の印象と重なるところがあります。日本と中国の両方の良さが備わった彼女。生まれてくる子供も楽しみですね。
    (xiong2)
    September 06

    初めてでない気がする。

    MSNで知り合って実際に会うことになったのはていいんさんが7人目です。3年近く前からMSNでチャットを始めて、かなり長い間多くの会話を
    してきました。仕事の相談、日本語や日本人の習慣の質問、人生観、以前から一度会ってみたいと思っていました。
     
    ホテルのロビーに彼女が現われると、お互いにすぐに分かりました。これまで3年近くMSNで会話してきたので、性格も雰囲気もまったく違和感がありませんでした。初めて知ったのは、お互いの声や話し方ぐらいでしょうか。
     
    長い時間、話をしました。まるでMSNの会話の延長のような。もちろん、パソコンの画面で文字だけの会話というのではなくて、現にお互いがそこにいて、お互いの顔の表情やしぐさが生々しく分かるのが、これまでと全然違います。でも、彼女が確かにこの町で暮らし、両親と共に暮らす幸せな家庭があり、それなりに満足できる仕事に就き、休日の時間を友人たちと共に楽しみ、充実した生活を送っていることが確認できて、うれしいというかほっとしました。このように書くと、そんなの当たり前と思う人もいると思います。でも、私にとっては人の幸せを感じることこそが人生の楽しみなのです。親しい人、親しくなりたい人ほど、その人の幸せを感じたいと思うのです。
     
    夕方、一旦別れた後で、夜になって再びホテルの私を彼女が訪ねてくれました。予想通り、今回の私の福州滞在ではもう会えないということでした。日系の企業に勤める彼女は、仕事で忙しい時期を迎えているようです。次はgongziサンハオ先生とも会いたいと。再会を約して彼女と別れました。
    (xiong2)
    September 05

    福州最初の夜

    とにもかくにも、飛行機はほぼ予定通りのフライトを経て、福州長楽国際空港へ到着しました。
     
    初めて乗る深圳航空の飛行機
     
    着陸直前、空から地上を見ると、長い砂浜の海岸、所々岩が露出した男性的なシルエットの山々、美しい水田、大地の濃い緑がとても印象的でした。どこか少し南国の雰囲気。期待が一層高まりました。
     
    夕方の交通渋滞もあって、市内中心部のホテルに到着するとすでに真っ暗でした。8時を過ぎて、ホテルの周辺を散歩することにしました。
     
    夜の五一広場。「子供は寝なさい」なんて言われないか…
     
    于山堂の毛ちゃん像も夜の賑わいに何だかうれしそう
     
    まず、驚いたのは人の多いこと。デパートはまだまだ混雑していますし、広場には合唱する人、ダンスを踊る人、凧を揚げる人や語り合う人など、無数の人が思い思いに過ごしています。思い返せば厦門(アモイ)でも、海岸沿いの公園で無数の若者、親子、老人があふれていました。ここは暑い地域なので、昼間ではなく夜の涼しい時間が貴重なのでしょう。
     
    (番外編)ジェット・リーの広告。ん~、牛乳を飲むと強くなれそうだ
     
    (xiong2) 
    September 04

    いまだ暑い福建省へ

    独身時代はもっぱら一人旅でした。日本国内で好きだったのは北海道。
    人よりも牛や鹿が多いという広い大地は私にとって大きな魅力でした。
    海外では、ヨーロッパ。ウィーンやザルツブルグなど中世に繁栄した古都が好きでした。
     
    一人の旅は周囲の環境にとても敏感になります。
    人々の会話、空気の匂い、鳥のさえずり、都会の中の何気ない景色...
    その五感の鋭さは誰か家族や友人と共にいる時の比ではありません。
    不安もうれしさも開放感もまたひとしおです。
     
    中国への一人旅は5月の大連以来です。
    どんな人が、景色が、私を待っていてくれるのでしょうか。
    この期待と不安のないまぜな感覚がたまらないですね。
    それでは、行ってきます!
    (xiong2)